御先祖様

私は秋田の片田舎で、小さな学習塾をやっている。

毎年わずかな人数だが、どうにかこうにかして塾生たちを県内の高校へと無事送りだしている。 先日、その卒業生のひとりの女の子と久々に語り合っていて、ふと不思議な話になったので、ここで紹介したい。


今から三年ほど前の話である。

私は塾の帰り、その子の家に招かれた。家でお祝いしているから先生も寄っていってくれとのことで、私はちょっとだけ顔を出すことにした。早速そのお宅へあがろうとして玄関まで立ち入ったとき、玄関に一人の初老の女性が、膝をついて丁寧に私を出迎えてくれていた。私は当然そのお宅のおばあさんだと思った。中に入り座敷に通され、お膳が並ぶ席に座らさせてもらった。
 そのお宅のご両親の喜びは尋常ではなく、私もその一つ一つの言葉を聞きながら、塾という仕事をしていることのうれしさ、やり甲斐を痛感しつつ、とても幸せな気分で帰宅したことを今でもはっきりと覚えている。



 その日から約三年近くたった先日、その卒業生の彼女とその日の出来事を懐かしく話していた時のこと。
私「あのとき、キミの家の玄関で丁寧にお礼を言ってくれたおばあさん、元気だろ?」

彼女「あの、先生。うちにはそのようなおばあさんはいませんけど・・・。」

私「??.........................」彼女「 (゜o゜;)」

私は少し混乱した。確かに塾という仕事柄、いろんなお宅に呼ばれてお話しする機会は多い。自分の記憶違いかと思い、何度か冷静に考え直してみた。しかし、どう考えてもその玄関先にいたお祖母さんは、私の記憶違いではなく、確かにそこにいたのである。また招かれた家そのものの勘違いかも知れないと思って、彼女に家の構造などを聞いみたが、間違いなく彼女の家なのだ。不思議にもそこのお宅の間取りや、出されたお膳、話した内容など、すべてクリアーに覚えており、そのお祖母さんだけが見間違ったということはないのだ。まして車で寄ったので、酒も飲んでいない。

私は確認してみた。
「あのとき本当にお祖母さんいなかったか?」

彼女「うちの祖母は、私が小さい頃亡くなってますし、近所の人が遊びに来ていたかも知れませんが、そのようなおばあさんみたいな人は、あの日誰も来ていません・・・。」


 ならばそれでいいではないか。私はそんな風に思った。やはり私の記憶違いかも知れないし、どこかのお宅と勘違いしているのかも知れない。

 しかし、もし私の記憶に間違いがなければ(どこかの料理番組みたいでスミマセン)確かにあの場にお祖母さんはいたのだ。そして私にお礼を言ってくれたのだ。

 ご先祖が霊となり、私にわざわざお礼を言いに出ていらっしゃったのだとしても、怖いどころか、私は嬉しいばかりである。確かにその子の受験結果は、ギリギリのラインで、不合格でも不思議ではない点数だったので、よほど家族の人は心配しただろうし、その分合格の喜びは大きかったと思う。お祖母さんが自分の初孫の合格を祝って、私にまでお礼を言いにいらしたとしても、何の不思議もない。いや、そうだとすれば、私も心底嬉しい。


これからも私は合格した生徒の家に招かれることはあるだろう。

その際はご先祖に快く出迎えられるような、そんな仕事をして行かねばなるまいと、改めて思った次第である。


あとがき

もしこのとき、仏壇の遺影にそのお祖母さんの写真が飾ってあったとしたら、ちょっと本格的でしたが、あいにくそこまでは確認できませんでした。(^_^;)
(誰だって初めて招かれた家で、いきなり仏壇の写真をまじまじと眺めませんよね )