-解説-


一問目】
仏壇にあげる「おりくぜん」、漢字で書くと?

答え:お霊供膳

正式には「霊供膳(りょうぐぜん)」といいます。おそらく呼称が訛ってこのようになったのでしょう。
秋田では「おりぐぜん」と、さらに訛ります(^^;)
浄土真宗以外では、葬儀・法要や毎月の命日に「一飯一汁三菜」の精進料理を盛って箸を仏前に向けて供えます。
精進料理は五法、五色、五味といい、舌で味わう味の他に、目で味わう「目食」の意味もあり
一飯一汁三菜の配列がもっとも美しいバランスをとっているといわれています。

(参考)お霊供膳図 仏壇側に御飯が向くように供え、下げるときは箸をたおして下げます。


【二問目】
お坊さんが唱える「南無(なむ)〜・・・」の意味は?

答え:帰依(きえ)すること

「南無」というのは、インドの言葉で、帰依することを意味しています。
したがって、「南無帰依〜」は言葉がだぶっていて、それによって意味をいっそう強めています。


【三問目】
お墓に建てる「卒塔婆(そとうば)」の語源は?

答え:ストゥーパ

卒塔婆は、サンスクリット語(インドの古語)の「ストゥーパ」の音訳です。
もともとは仏塔で、お釈迦さまや高僧の遺骨を納めるためのものであったそうです。

※ちなみに「スヴァーハー」とは陀羅尼(だらに・祈りの言葉としてインドの言葉のまま再編集されたもの)というお経に出てくる言葉で
「幸いあれ」という意味です。日本語の音訳は「娑婆訶(そもこー)」と読みます。


【四問目】
仏壇にある「花瓶・香炉・燭台」の三つの総称は?

答え:三具足(みつぐそく)

香炉を中心に右に燭台、左に花瓶という配置が正しい置き方です。
さらに燭台と花瓶が一対ずつのものを「五具足(ごぐそく)」と呼びます。
仏壇に向かって左から「花炉燭(かろしょく)」、仏壇側から見て「左灯右花(さとううけ)」というような覚え方もありますよ。


【五問目】
仏壇にあげるお膳に箸をたてる際、少量の飯粒を水の入った器にとることを何と言う?

答え:生飯(さば)

曹洞宗をはじめとする禅宗には、この生飯という施食(せじき)作法があります。
これは食事の時に七粒ほどの米粒を供養するもので、無縁仏や餓鬼、鬼神に施すという意味があります。
さばはさばでも鯖(サバ)ではありませんよー!


【六問目】
日本人で最初にチベットを訪れた人物は誰でしょう?

答え:河口慧海(かわぐちえかい)

(1866-1945)仏教者。仏教学・チベット学者。
大坂・堺の樽職人の長男として生まれた河口慧海は
15歳の時に釈迦の伝記を読んで仏道を志し、35歳の時に日本人として初めてチベットのラサに到達しました。
この壮絶で時に愉快な旅の様子は、「チベット旅行記1〜5」(講談社学術文庫)で読むことができます。

※能海寛(のうみゆたか・1868-1901?)は、河口慧海以前にチベット探検を志した真宗大谷派の僧侶。

※多田等観(ただとうかん・1890-1967)は、ダライラマ13世側近のラマ僧として10年間修行・研究した人物。なんと秋田県の土崎市出身!


【七問目】
日本に伝わった仏教は何仏教?

答え:大乗(だいじょう)仏教

日本や中国に伝わった仏教は「大乗仏教」であるといわれます。
一方、スリランカやタイなど東南アジアに広まった仏教を「小乗(しょうじょう)仏教」と呼びます。
小乗とは大乗側から見た呼び方であり、現在は「上座部(じょうざぶ)仏教」とよびならわしています。
大乗も小乗もどちらが優れているか、いちがいに決めつけることはできません。

※「チベット仏教」も大乗仏教という点では共通しますが、チベットはインドから直に仏教が伝わったのに対し
日本は中国を経由して仏教が伝わったので少なからず中国的な変容を遂げています。
また、密教的な傾向が強いので、日本で言えば真言宗や天台宗に似ています。


【八問目】
お坊さんが着けるマントのような「お袈裟(けさ)」、もともとは何で作られていた?

答え:布きれ

お袈裟は、もともとは捨てられた布(糞掃ふんぞう)などを縫い合わせて作られていました。
そのつなぎ方は、広がる水田をあらわしているそうです。
お坊さんが普段首に掛けている「絡子(らくす)」は、このお袈裟を動きやすいように小さくしたものです。

※芭蕉布は、沖縄を代表する最も古い織物のこと


【九問目】
お寺ではトイレのことを何と呼ぶ?

答え:東司(とうす)

お寺ではトイレのことを東司と呼びます。
禅宗寺院には「七堂伽藍(しちどうがらん)」という建物の形式があります。
山門・仏殿・法堂・僧堂・庫院(台所)・浴司(お風呂)・東司が七堂伽藍で、福井県の永平寺はその代表的なものとされています。
禅宗の七堂伽藍は、中国宋代の伽藍配置法に則して整備されたもので
山門・仏殿・法堂が一線上に並び、庫院と僧堂が左右に対し、浴司と東司が山門の両側に配置され
この配置を人体の表相をかりて説明するようになっています。


【十問目】
日本にお茶を伝えた人物は誰でしょう?

答え:栄西(えいさい)禅師

栄西禅師(1141-1215)は、曹洞宗と同じ禅宗の臨済宗を開いた人物。宋へ留学した時に中国からお茶を持ち帰ったと伝えられています。
それまでのお茶は薬として用いられていました。

※道元禅師(1200-1253)は、曹洞宗を開き、「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」という仮名による仏法の解説書を著しました。
仏法というと敷居が高い感じがしますが、中には顔の洗い方の作法を記した「洗面の巻」などもあるんですよ。
道元禅師も宋へ留学し、中国の楊枝を噛んで「歯を磨く」という、それまでなかった生活習慣を日本に伝えたといわれています。

※空海(774-835)は、唐へ渡り長安で密教を学び、高野山に金剛峯寺を開き、マンダラを中心とする密教を日本に伝えました。


なるほどね!


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