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円通寺の歴史ロゴ

開創
(お寺が出来た年)
天文3〜5年
(1534〜1536=戦国時代)
開山
(お寺を開いた人)
由利町慶祥寺十二世中興菊翁是琳きくおうぜりん大和尚
開基
(お寺を支えた人)
由利忠八郎政春ゆりちゅうはちろうまさはる
諸堂
(お寺の配置)
本堂(349m²) 開山堂 位牌堂 鎮守堂 地蔵堂
本尊
(祀ってある仏様)
釈迦牟尼仏しゃかむにぶつ
宗派 曹洞宗そうとうしゅう
住職 円通寺現住三十四世 近藤俊貞こんどうしゅんてい

沿革 〜470年の歴史〜

  (上)円通寺旧本堂(下)佐々木孝一郎氏を囲んで・・・昭和32年頃寺伝によれば、戦国期の天文3年(1534)頃、大西目郷寺ヶ沢に堂宇を建立し

由利町慶祥寺十二世菊翁是琳大和尚を開山に請して開創したことに始まり

元禄3年(1690)焼失後沼田桂林に移転、さらに寛政4年(1792)現在地に三転、再建されたと伝えられています。

  お寺には多くの場合、そのお寺に寄進した大名や領主の存在があるわけですが

円通寺は由利氏六代・政重の嫡男、由利忠八郎政春を開基としています。

由利家は三代・維久(政春の曾祖父)の代に、由利郡の所領を没収され

荘内地方に流浪していたのが、政春の代に再び本領に復したという事情があります。

しかし政春は由利氏不在の間に勢力を伸ばした鳥海弥三郎に攻められ正中元年(1324)自害して果てた悲運の領主でもあるのです。

  お寺には、政春の守り本尊といわれる弥勒菩薩金銅仏があり、こうした円通寺の歴史を今に伝えています。


伽藍がらん 〜建物の造り〜

 現在の本堂は、昭和34年に再建されたものであり、大縁は雄壮な彩色の竜内陣は彩り鮮やかな草花の絵で荘厳されています。

この絵天井は、平成5年に逝去した秋田市出身で、日本南画院の要職を務めた著名な画家・月居偉光つきおりいこう氏の作です。

同画伯は円通寺の再建に尽力された佐々木孝一郎氏夫人の実弟である縁から、この大作が残されました。

  また、内陣後方に開山堂、本堂左側にかつての本尊・観世音菩薩を祀る位牌堂があります。

境内には子育て地蔵を祀る地蔵堂鎮守堂があります。


(参考文献)
「寿永山円通寺〜その歴史と考察〜」/著者:武田清/発行:昭和41年7月10日
「秋田県曹洞宗寺伝大要」/著者:大坂高昭/発行:平成8年12月10日/発行所:無明舎出版