◆警察署長着任のあいさつ

 今回の異動によって、はからずも当署の署長を拝命いたしました○○でございます。着任にあたりまして二、三、所信の一端を申しあげて、あいさつといたします。

 警察官も公務員の一員ですので、公僕精神に徹することはいうまでもありませんが、とりわけ警察官はその使命感に徹底しなければなりません。こんなことは私がいうまでもなくわかりきったことですが、この使命感というものは、どの職業にもあるものです。八百屋、魚屋でも肉屋でも、何らかの使命感をもっているものです。それが自覚されないとき、もろもろの不正事実や犯罪が発生するようです。

 警察官の仕事の中には、こういう使命感のうすれた者に対する自覚の要請という仕事も多いのです。交通取り締りなど、そのよい例ですが、それだけに警察官自身の使命感に徹することがいっそう必要なわけです。

 ローマの哲学者エピクテトスの遺訓の中に、「意志の左右すべからざる事がらについては大胆なれ、意志に従属する事がらについては小心なれ」という言葉があります。私はこれをいつも座右の銘としているのでありますが、警察官の職務についてもよくあてはまる教訓だと思っております。

 意志の左右にならないことがらとは、死、病気、不測の事件といったものであります。意志に従属することがらというのは、死や病気への恐怖、犯罪への恐れといったものであります。エピクテトスのいうには、死や病気や災難のように、自分の意志ではどうにもならないものには大胆であれ、反対に自分の意志で起きる病気の恐怖などには用心や注意をする小心であれ、と教えているのです。

 しかし実際に人々のやっていることは、エピクテトスのいうことの反対で、大胆であってよい死や病気などについてはさまざまなとりこし苦労に不安をつのらせる、そのくせ、死や病気の恐怖に至らないための予防に、小心の注意をもってよいはずなのに、これにはいたって大胆や無関心が多いものです。

 ひるがえって、この言葉を警察にあてはめてみても同様のことがいえると思います。もろもろの犯罪事件というものは、被害者の意志とは全く関係なく起こるもので、これに対しては大胆に警察能力を投入して解決にあたる、また犯罪の発生しそうな意志の動きには小心に注意すべきであります。

 ところがおうおうにして事件にならないとして見逃していたものが、後に大事件に発展した例はよくあることです。警察の目的である治安の維持と住民の安寧確保には、こういう事態はあってはなりません。

 それから、民主警察の仕事をすすめてゆくには、署内の融和が第一です。仕事が各係に細分化されていますので、とかくセクト主義になりがちですが、それは大きなマイナスといえます。セクト主義とか縄張り争いなどというものは、仕事熱心から生ずるものでありますから、その限りにおいてはとがむべきではありませんが、全体の秩序の上からは、そういうカベや仕切りは取りはらいたいものです。そして一本化した融和と和気のうちにこそ、能率は上がるものと思います。

 どうか署員全体が、一致団結して、ますます士気を高揚され、管内の治安を守り、住民の要望に応えられるようお願いいたします。これをもちまして、着任のあいさつといたします。

 

▼エピクテトス(Epiktetos)(AD50頃〜138ごろ)

 ローマ帝政時代のストア派の哲学者。幼時にネロの側近エバフロジスタの奴れいであったが、その聡明さを主人に認められて解放され、哲学者ムソニウスルフホスの弟子になり、哲学を修め、ギリシアのニコポリスで終生講義を続けた。現世の苦悩に対する無関心と兄弟愛・神の摂理を説いた。自分では著述をせず、弟子のアリアヌス、フラビラスの二人により、その語録(全八巻)が編さんされた。


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