●漫画家 手塚 治虫
おめでとうございます。
〇〇さんは、既に一度御結婚をなさっておいでです。と申し上げれば、新婦は目をおむきになるでしょうが御心配なく。〇〇さんが1年前に結婚された相手とい
うのは、漫画であります。
漫画を仕事の配偶者として迎えられ、更にこの度、家庭の配偶者を得られた。つまり二重のお喜びというわけであります。
そもそも、漫画という相手は、恋人のときには本人を熱中させますが、いざそれを職業と致しますと、さほど魅力がなくなるものであります。つまり、こと生活
がかかっていると、いつまでも恋人付き合いもしていられないわけであります。
しかし、漫画を連れ添いにしてしまったからには、一生をこれのために身をささげなければなりません。しかし、何年も経つうちに、いわゆるけん怠期がやって
参ります。
つまり本人は浮気心を起こしてくるのであります。
私の申し上げる浮気とは、漫画を離れて文章書きに興味を持ってしまったり、テレビに精を出したり、あるいは〇〇さんのような児童漫画家が、青年向けコミッ
クに転向してみる、といったヨロメキであります。
かくいう私も、何十年かの間よろめいたことはございました。しかし、こと漫画でなりわいをたてている者にとって、いろいろな浮気は決してプラスにならない
ものだと痛感致しました。
御賢明な〇〇さんは、漫画という配偶者を決しておろそかにはなさらないだろうと確信しております。
さて、次は家庭の配偶者である奥さんへのお願いであります。
奥さんは、御主人のお仕事のバッテリーであります。漫画家という人種は至って勝手気ままでルーズなものでありますが、その手綱を締めて良い作品を書かせる
のは、ひとえに家庭を守る奥さんの力によるものであります。
チョンガーの漫画家が、結婚して家庭を持つと、俄然作品のムードが変わってまいります。味わいが深くなるとか、所帯くさくなるとか、いろいろ影響が出てま
いります。また、旦那の作品に登場する女性の容貌がどんどん奥さんに似てくるというのも、いずれの漫画家にも言われていることであります。
これはもちろん、だんなが奥さんを愛しているという明確なるバロメーターでありまして、もし、△△さんが御主人の作品に、いつまでも△△さんに似た女性が
出てくることに気付かれたなら、それはずっと御主人が△△さんを愛し続けられている証拠なのであります。
お二人の第二の人生はこれからであり、〇〇さんの漫画家としての再出発はこれからであります。ぜひぜひ作品も御家庭も御発展の道をたどられんことを期待し
ます。
「青年老いやすく学なり難し」「初心忘るベからず」これをもちまして私の〇〇さんの門出へのお祝いの言葉と致します。