実話シリーズその1
白い犬

 

 今から20年以上前の話、私の知人が市役所につとめていました。その人の名は仮にKさんとします。

 当時Kさんは役場仲間の女性とデートを兼ねて、新潟県の糸魚川市に出かけることにしました。現在でも有名ですが、糸魚川市では海岸や川原で宝石の一種である、ヒスイが良く見つかります。当時ヒスイ探しは一種のブームになっており、全国から多くの人々が訪れていたそうです。

 

 Kさんたちが体験したこの怖い、というよりも、不思議な出来事は、今でもKさんの人生に大きく関わっています。


 Kさんたちは車で、夕方に本荘市を出発しました。本荘市から糸魚川までは、ずっと日本海側を南下します。現在でも車で10時間くらいかかりますが、20年前の道路事情は今よりひどかったので、Kさんたちは翌日の朝に到着するように、なるべく早く出発したのです。

Kさんたちが車を走らせること数時間、あたりは日も落ち、どっぷりと夜の帳に包まれました。いくつもの町を通り過ぎ、Kさんたちは昔の町並みの中を走っており、そこはもうすでに新潟県内に入っていました。時刻は深夜、家々の電気も消え、明かりは道路をうっすらと照らす街灯だけだったと言います。そのときです。漆黒の闇の中、車を走らせていたKさんたちの前に、突然何かが飛び出してきました。それは白く、大きな犬でした!。Kさんたちはその突然飛び出した犬をさけきれず、正面からその犬をひいてしまいました。かなりの衝撃が車に伝わったそうです。


 ぐに2人は車から降りて、その犬を確認しに行きました。ところがです。いくら探してもその大きな犬の姿が辺りにないのです。2人は車のライトを頼りに、何度も付近を探しました。Kさんの手には犬が車にぶつかった衝撃が、生々しく残っています。絶対に生きていれるほどのぶつかり方ではなかったのです。しかしその後いくら周辺を探しても見つからないので、2人は我に戻って、犬が車にぶつかったと思われる部分を丹念に見てみました。すると何と!車には傷一つなかったのです。「これは一体どういうことだ?・・・」と思いながらも、2人は落ち着きを取り戻し、再び糸魚川に向けて出発しました・・・・・・。
 本当ならここで不思議な話として終わるものですが、この話には、まだまだ続きがあるのです。


 の後2人は無事に糸魚川に到着し、川原などで目的のヒスイを拾い、本荘市への帰途につくことにしました。糸魚川を夜に出発、しばらく車を走らせているうちに、2人は見覚えのある、昔懐かしい町並みを通りました。辺りは夜も明け始め、うっすらと明るくなっていました。

連夜の運転で、さすがのKさんも、若干疲れていたのかもしれません。少しボーッとしたその瞬間です!道路の前を白い割烹着を着たおばあさんが横切ったのです。まさに直前横断でした。昨晩の犬と同様、よけきれず、おばあさんはまともの車にぶつかりました!


 2人は人をはねてしまったショックで、我を失いました。すぐにおばあさんを助け起こしましたが、すでにおばあさんはこと切れていたそうです。即死でした。あわてふためいていた2人が冷静さを取り戻し、その現場がなんと昨夜白い犬をはねたところと全く同じ場所だったことに気がついたのは、しばらく経ってからのことでした・・・・・・・。

 その後2人は事故処理(新潟県のニュースでも放送したそうです)、葬式などを全部済ませてから、おばあさんの親類と一緒に酒を飲みました。そして、その席で2人は全く意外な話を聞くことになります。驚いたことに、縁者一同がこの事故にそんなに悲しまず、まるで起こるべくして起こった事故のように語ったそうなのです。
 というのは、その亡くなったおばあさんは、その事故当日の朝、家族の者が止めるのも聞かず、翌日執り行われるおばあさんの母親の法事の準備で、早朝家の向かいにある母親のお墓の掃除をしようとしたらしいのです。家の者は「何もこんな朝早くから行かなくてもいいだろう」と言って止めたらしいのですが、おばあさんは頑として聞き入れなかったというのです。そしてこの事故に・・・・・・。


 しかもこの話にはまだ続きがあるのです。実はこの亡くなったおばあさんには双子の妹がいました。この妹さんは、何とKさんの住む秋田県の横手市に嫁いでいたのでした。そしてその人は病気の末期療養中で、入院していたのです。不思議なことの最後は、その妹さんに関わる話です。何とその妹さんは、お姉さんが交通事故で亡くなったその時刻から、わずかして後を追うように亡くなったのです。まるでこの2人の死が、初めから決められていて、事故を起こしたKさんも、その一連の出来事の輪の中に組みこまれたかのような、そんな正に不思議な出来事でした・・・いまから20年前のお話です・・・・・。

 

 Kさんはその後、死亡事故を起こしたということで、市役所は辞めざるを得なくなり、現在では団体職員として働いておりますが、今でもこの出来事が彼の心の痛手となって残っているということは言うまでもありません・・・