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いくら厳しい自然生活環境であっても、先祖代々そこで生まれ、そこで生涯を終えてきたであろう人々。情報に閉ざされ、道もない陸の孤島で自給自足で暮らしがなりたち周囲の人々が同等の生活レベルであったのに、メデイアにより外の世界の情報に触れ、車の通れる道ができ容易に人や物が流通可能となった。観光地化の波音は麓の高原にまでヒタヒタと押し寄せつつありました。お金優先の経済化が、あの山岳地帯を飲み込むのはもう時間の問題です。
今まで学んだ事のひとつに“経済のグローバル化は、真っ先に女性と女児が犠牲になる"ということです。わかりやすく言うと、現金収入を得なければ生きて行けない状況になったとき、これといった農産物も育たない、産業もない、企業もない、技術もない、教育もなされない社会では、女性や女児が体を売る、又は女児そのものを売るのが最高最大の商品であり高収入の方法です。しかも、それしか選択がないとも聞きました。
雲南省は、地理的にミャンマー、ラオス、ベトナム、タイ国境に近く、特に貧しい少数民族の少女は標的にさらされます。コバンザメ4、にも書いたように女の子はとても成長が遅れていました。中学生ともなると、それなりに成長していましたが、幼児売買の対象にされる7・8歳から12・3歳の少女は本当に小さくて、日本の小学1・2年生くらいしかありませんでした。
あの小さな手の女の子たちが、義務教育を受けて識字ができ、自分の人生を自分の意志で決められるよう、一足早く豊かになった私たちは手をさしのべられるのではないだろうか、と思いました。「中国のことは、中国政府がやればいい」確かにそうです。しかし、現実には政府の政策は沿岸部で生み出されている富は、あの山岳地帯まで配分されてはいませんでした。 子供は一年一年成長していきます。
本当に“焼け石に水"がぴったりの人数です。しかし、日本からの一滴の水であっても、たまたま当たった一人の子供の手を潤し、その子が絶望的人生を免れ、自分の意志で一人の女性として生きて行くことができたら……雲南の旅から帰り“支援することのむずかしさ"を考えました。結果“支援しないことより、ささやかでも支援を続けていこう"と。
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