祝!ジュリー テレビに復活!01/1/23記
約10年間である。あの沢田研二がテレビから消えて・・・。

私の記憶では、BSで「沢田研二スペシャル」を数日間放送した後は、まるでそれがファンへの最後の言葉であるかのように、パタッとテレビから消えてしまったように思う。

まあちょこちょことCMやドラマには出演していたのだが、それほど世間を騒がせるような出方はしていなかった。

ところが、21世紀に突入した今年、彼はこれまでの意固地さを捨て、まるで「手のひらを返す」ようにすすんでテレビに出ること決意したのである!

これまで何故テレビ出演を拒んでいたのか、またそれを覆し、一転してテレビに出ようと決意した経緯については、今年一発目として出演したNHKの「スタジオパークからこんにちは」の中で彼自身が述べていた。(出なかった理由についてはライブでのMCでも語っていたのでそれについては二年前のライブについて私が書いたものも参照下さい。)

(以下放送より抜粋)

「TOKIOでパラシュートを背負ったのが一番派手な時期であって、その後自分でも煮詰まったこともあり、これだけテレビに出続けてきたわけだから、しばらく出ない時期があってもいいかなと・・」

煮詰まった時期・・・これははっきり言えばヒット曲に恵まれなくなった時期であろう。個人的には「アマポーラ」などを歌い始めたころではなかったろうかと思う。

この10年以上、コンスタントにアルバム製作を続け、ライブ活動もそれと同時進行させていたこと関しては・・

「ライブ活動を続けることというのは簡単なことではないのですが、これを(ライブ)やめちゃうと、いろんなものが途切れてしまうかな・・と思うんですね。もとはジャズ喫茶からスタートして、お客さんに育ててもらったという思いもありますし、ライブをやめてしまうと、自分のアンテナが鈍くなるような気がして・・」

「テレビで歌うとライブとは違って大勢の人達に見てもらうことができるが、反応がビビッドではないんですよね。特に、「生」じゃないということが(中略)シラけちゃうんですよね。テレビだと視聴者は見たいところが見れないけど、ライブだと遠くても(観客の目には自分の顔が)アップになるんですよね。ずーっと見てると(はっきりと)顔が見えるし、ホクロも見える、白髪も見えちゃうんですよね(笑)」

心境の変化について。

「42を過ぎると、いや52を過ぎるとね(スタジオ中爆笑)、ほっといても頑固になると思うんですよ。だいたいうちの家系は・・(笑) んでそれを少しずつでも和らげた方が良いかなと。。あんまりこれはイヤだ、あれはイヤだみたいなことを言わないで、人がやってみたらと言ってもらえるものであれば、もっともっとやれたら良いなと思って・・。それ(テレビ解禁)をいつにするかなとは思ってたんですよ。実は50になったらしようかなと思ってたんですね。んでたまたま自分のバンドにグレースってメンバーがいるんですが、そのこ、占いもするんですよ。それで何も言わないで「ちょっと見て」(手を出すしぐさ)って言ったら、「なんか今まで頑なににしていたことをやめようと思ってませんか?もうちょっとこのまま続けても大丈夫ですよ」というから、自分はその占いに自分の決意を当てはめて考えたんですよ。2000年がその区切りなのか迷ったんですが、まあ21世紀にするかと。」

この「スタジオパーク」では、普段なかなか聞けないような、ジュリーの本音が飛び出したりして、とても興味深かった。もともとお茶目なジュリーなのであるが、生放送ということもあり、ますます茶目っ気がかって、1時間という時間が短すぎるほどであった。

その後ジュリーは日テレの某歌番組に出演。

あの歌番組、これまで一切ジュリーの映像・ランキングを削除していたことにみなさんはお気づきだろうか。
だいたい70年代の後期から、80年代初頭にかけて、ジュリーがベストテンに入らなかったという時期はないのである。言いかえれば、あの時代のどこを切り取っても、ジュリーは燦然と輝いて登場するのである。それがなぜ放送されなかったか。これはジュリー本人がライブで言っていた。そういう肖像権などに自らストップをかけたのだと。したがってテレビ局では一切昔のジュリーのビデオなどを流せなかったのだ。

だからあの歌番組で今年の初ゲストとしてジュリーが登場するのは至極当然なのである。(事務所サイドとしても、製作サイドとしても)

そしてフジテレビの「ちょっと頭の弱そうな若造2人」と、離婚結婚を何度も繰り返すたびに(持歌の)「結婚しようよ」を歌うと思われる大フォーク歌手の番組にも出演したジュリー。(前置きが長くてすみません)

その番組内ではとうとう「勝手にしやがれ」などを若造2人と歌ってしまった。2年前には、あれほど昔の歌は歌わないと言っていたジュリーが・・・。でもずっとこういう姿を待ち続けたファンは私も含めて相当いると思われる。

一つ難を言えば、あきらかにジュリーはここ数年、ライブで燃焼するエネルギー以上の酒を摂取しており、30年前の「完全なプロポーション」とはほど遠いお姿になったが、それはご愛敬。おそらくこの度のテレビ出演解禁を機に、少しずつ前に戻っていくと思う。いや、そう思いたい(^_^;)

ジュリーがこれからテレビを通じて活躍するにはかなり本人も妥協せざるを得ない部分があると思う。特に歌手活動においては、頻繁に昔の映像との比較があろうかと思う。でも今の若い子達にはジュリーの昔の全盛時代の映像は見せておくべきなのである。
今のへんてこビジュアル系など逆立ちしたってかなわない。
実力派ヴォーカルだって、目からウロコ状態だろうし、まして歌の勉強になること受けあいである。

そしてジュリーがテレビに出続けることによって(私などが一番受ける)メリットがある。それは・・・・

カラオケボックスである。(^_^;)

今年成人したくらいの若い子達になると、もうジュリーの全盛時代を知らない。というよりも生まれてなかったのだからしょうがないか。だからそんな子達と一緒に飲んだりした際、「沢田研二メドレー」などを歌っても、適当に手拍子を入れられるくらいで寂しいものがあるのだ(^_^;) ジュリーを歌って盛り上がる世代はやはり三十代以上。それはそれで歌っていて楽しいのだが、できるなら若い子達とも盛り上がりたいではないか。そのためにはジュリーがテレビに出てくれることが必要なのである。若い子達を啓蒙してもらいたいのだ。スゴい人達がスゴい人達と組んで作ったスゴい歌を、当時の日本で最もスゴい人が歌う・・こんな構図を知ってもらいたいのだ。

最後にお願い。

ジュリー、いや沢田さん!どうか私が若い子とカラオケに行ったとき今まで以上に盛り上がれるように、テレビに出続けて下さい!そしてもちろんライブも芝居も、できればCMもガンガンがんばって下さ〜〜い!!ご活躍を心からお祈りしております!

おっと、こうして書いていたらちょうど連続朝ドラ「オードリー」にジュリーが出ている!そうか、今日から登場なんですね。(^_^)

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